吉村幸夫君の店カンタータ
明治、大正、昭和の
アンティークなもの飾った喫茶店をしています


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吉村君の店はたびたび取材をうけています
6月初旬NHKローカルでも紹介されました
(それぞれ右クリックしダウンロードしてから再生してね)

   





   吉村君に彼の喫茶店「カンタータ」のお話を
   聴かせてもらいました。


 吉村君の喫茶店「カンタータ」は創業以来31年になる。

 吉村君の喫茶店「カンタータ」には取材は年間20社ぐらい来ているそうだ。多い年は30社が来たそうだ。去年だけでもテレビ6本、雑誌だけでも20ぐらい取材に来たとのこと。

最近では、先週はNHK、その前は「週刊朝日」、「全日空の機内放送のビデオ」、「るるぶ大阪」が取材に来た。

取材は多い。しかしお客が少ないのが最近の吉村君の悩みだ
新たに出来てしまった、旧の樋上町から梅ヶ枝町に抜ける道幅の広い道路で分断されて来にくくなったお客も多い。
また西天満の法務局が移転し登記簿待ちの時間つぶしの客も来なくなった。近々法務局は戻ってくるみたいだけど電子的にすぐに登記書類がプリントされるので時間待ちに訪れるお客は随分少なくなるだろうと思われる。近くの画廊に出入りしていた芸術系の学生も、どこに行ったか随分少なくなってしまった。

吉村君の喫茶店カンタータは、客足が伸びない厳しい現実に直面している。

同窓生の皆さん、吉村君の喫茶店「カンタータ」に行って売上に協力
してあげてください。



吉村君の店は我々の世代以外に、もっと若い世代、30代の人も来るそうだ。現在の30代の人は収集レベルをあげようとして60年代70年代の
ものを集めている。
 
 吉村君もここ30年来、集めているのが戦前、大正、明治のものを集めレベルを上げっていったそうだ。現在の吉村君は現在の30代のコレクターを育てていることになっているとのこと。

 最近は古い時代のものを生活の場で使う「生活骨董」に人気があるそうだ。例えば、「書画骨董はわかる人が少ない、読める人自体が少なくなっている。読めない書画ではなく、古いポスターを掛け軸にかわり、生活の場で使う。」、「焼き物の印判、伊万里の皿もデザインのいいものを、食器として生活のなかで使う。」、「古い時計を生活の中で動かして使う。」そういう使い方をされているのが生活骨董品だそうだ。

 茶屋町とかのアンティークの店は今、30代半ばから40代の人が1960年代ら半ばから1970年代からのものを集めて店をしている。
1960年代ら半ばから1970年代のものは沢山出でていて吉村君にとっては希少性がないので手をだしていないそうだ。今の若い人が集めにくい、明治から大正、戦前のものを集めているとの事。
一つ1000円としても1万個なら1000万円かかるが、そんな値段では明治から大正、戦前のものは絶対買えない。そういうものを吉村君は集めているそうだ。

吉村君の喫茶店「カンタータ」の店の中には戦前、大正、明治時代の古いものがと所狭しと天井、壁面に飾られている。

 例えば、「明治30年代の通天閣の写真」とか、「明治37年の通天閣の写真」、当時の「ビリケンさん」も置いてある。「京都の市電廃止時の写真パネル、記念切符」もある。

 戦前の「大阪市の町並み」、「明治・大正、戦前の絵はがき」。「水原弘のハイアースの広告ポスター」もある。「まぼろし探偵のお面」、「吉永さゆりのポスター」もある。

 吉村君に「今後は喫茶店としてやっていくのか、骨董を売ってやっていくのか?」と聞いたら、吉村君は「喫茶店としてやっていくに決まってるやないか」とのこと。なぜなら「集めたアンティークを売っても、いいとこ取りされて安く買いたたかれるだろう。一度売ったら、今度は仕入れが大変だ。31年間の年月をかけ集めた物だから、収集したものは販売はしない(喫茶店をしている間は)」そうだ。

 新聞に載った記事を読んだら店の趣旨がよくわかると最近取材記事が載った産経新聞(平成17年6月14日夕刊一面 夕刊2面)をくれた。

 団塊の世代が、今、吉村君の収集したものにはまりかけている。団塊の世代の人には、吉村君のこの店は面白い。30代、40代の人も今後、吉村君の収集した物に、はまってくることになるだろうとのことだった。